目次
世界遺産ガラパゴス諸島の進化した動物と生物と人間の係わりは
ガラパゴス諸島は、奇跡と呼べる島々の集まりだとか?
動物の観察にはもってこいと言える、条件のそろった島々が、ガラパゴス諸島、
どんな動物や植物が生存しているのでしょうか?他の島々には見えない、
独特な動物たちや、植物が生存している様です。どんな動物たちがいるのでしょうか?
そのような事まとめてみました。
①ガラパゴス諸島とはどんな諸島でしょうか?
ガラパゴス諸島は、本土から、
1000km程離れたところに、
出現した、エクアドル領の、火山群島に成っています。
海底火山により隆起してできた、唯一完全に独立した、
諸島、手つかずの、自然が数多くあって、
ここにしか生存しない、固有の、
動植物が生息している、唯一の諸島こそが、
ガラパゴス諸島なのです。
1978年ユネスコ世界遺産第1号に登録されたのは12ヶ所でした。
その内の1つが、
誰もが一度は、行ってみたいと、
多くの人が思うほどの、
自然の宝庫、ガラパゴス諸島でした。
日本の、小笠原諸島が、(東洋のガラパゴス)と言われることが有るそうなんですね!
小笠原諸島にも、手つかずの自然と、固有の動植物の存在が有る所から、
東洋のガラパゴスと、呼ばれることが有るようです。!
②ガラパゴス諸島の由来と歴史は?
ガラパゴス諸島、は、
絶海の孤島と呼ばれる。
南米大陸、から、
1000km離れ、1000kmと言うと、
東京から鹿児島を、
直線距離で,結んだくらいの距離に成るのですが、
まあ近いような、感じはしますが、
されど1000km何ですよね、
ガラパゴス諸島、より西側の赤道上、
西側の、10,000km以上には、陸地も島も、
何もない。
そんな場所に、ガラパゴス諸島は、存在して居るのですね!
まさに絶海の孤島と言う訳なのです。
1500年代にスペインの伝道師、
フレイ・トマス・ベルランガ、
その一行の船が、潮に流されてしまいました。
そしてたどり着いたのが、
ガラパゴス諸島、だったのです。
漂着と言った方が良いのかもしれません!
この時の島の様子を、記録として残して、
王様に報告がされています。
最古のガラパゴス発見と言う事になるのですね!
1570年代の世界地図には、
ガラパゴス諸島、らしき島が書かれているそうです。
ガラパゴス諸島、の動物たちは、警戒心がないことや、
飲み水や、木などがない事を、記録が残されていると言う事です。
1700年代に入ると、
多くの船が行き来するように成ってきました。
接岸だけでなく、
この地に住み始める人間たちが、
出てきました。
➂1700年代に、人が住むように成って、最初の受難を、受ける事に!?
ガラパゴス諸島、に住む動物たちの警戒心が無いと言うのは、
天敵がいないと言う事に成るのですよね、
移住者たちによって、レモンや、オレンジなどの果樹などが植えられ、
ヤギや豚、更には生活に必要とされる、
家畜や農作物などが、持ち込まれていきました。
これまでのガラパゴス諸島には、
大型の哺乳類の、生息は、有りませんでした。
そのため、
捕食者がいなかった、という事実が、
物語っているように、
ゾウガメさんや、イグアナさんの様な、
大型の爬虫類の数が増えていったと考えられています。
受難に関しては、この時に連れてこられた、
家畜などが、野生化して、今でも、生活していると言う事です。
卵や、雛が、狙われてしまうようです。
天敵の到来と言う事に成るのでしょうか?
④ガラパゴス諸島の、場所と保護活動!
ガラパゴス諸島は、南米大陸の西側に、ある、
エクアドル共和国の領土と成っています。
そのエクアドル共和国の西へ、
1000km程離れた、赤道直下に位置しています。
諸島は結構、地図で見ると小さく感じるのですが、
予想外の、大きな広さが有りました。
大凡の大きさに成るのですが、
東と西へ300㎞そして、南から北へ、380km範囲は広いですよね!
集合ですよね、島はどの位有るの?
人が住めるような、大きめな島が、13島、位あります。
100を超える小さな島と、岩礁が、点在している感じです。
この島々の面積を、集めると、凡そ7,880㎢くらいに成るようです。
日本の宮城県より一回り大きな感じに成っています。
因みに、
宮城県の広さは7,282㎢の、面積に成ってます!
その内の4島には、人が住んでいます。
そして、この4島のうちの、2島には、
何と飛行場が有るのですね!
凄いですよね!
その島には、近代的な街や、リゾートホテルなども建設されています。
人口は、凡そ30,000人ほどの人が、生活をしているようです。
ガラパゴス諸島に行くには、
如何やって行けるでしょうか?
日本から、ガラパゴス諸島迄は、直接の便がどこにもないので、
乗り継いでいく事に成ります。
北米のアトランタや、ヒューストンなどの、
都市を経由して、エクアドルに到着します。
キトという、都市から、およそ、2時間ほどで、
ガラパゴス諸島に、到着と言う感じに成ります。
因みに、日本からガラパゴス諸島迄行くのにかかる時間は、
凡そ35時間くらい、かかってしまう様です。
長い旅に成るようですね、それから、
日本との時差は、14時間あるとの事でした。
⑤ガラパゴス諸島は、保護の対象に?
ガラパゴス諸島は、
エクアドル政府によって、自然保護下に、置かれています。
規制が敷かれていて、
島にはいる人間の制限とか、が行われ、
観光そして、自然保護、
両立の為に、
数多くの人たちの、力がそそがれている様です。
これは素敵な事ですね!
ガラパゴス諸島は、赤道直下の諸島に成っているのですが、
海流の影響は、大きく、日差しは強いのだけれども、
比較的過ごし易い、環境下にあるようです。
⑥ガラパゴスは、ゾウガメの島?と、正式名称?
ガラパゴス諸島、には、この名前ではない他の、名前が付いていました。
もう一つの名前の方が、正式名称だったのです。
ほとんど、使われることがない様なのですが!?
南米大陸の第一発見者の、
クリストファー・コロンブスさんの名前にちなんで、
『コロン諸島』、と言う名前が、正式名称に成っていました。
ガラパゴス諸島が、ガラパゴス諸島と言われる訳は?
スペイン語で、ゾウガメの事を、(Galapago)、と言う事に因んで、
ゾウガメが多数生息する諸島と言う事で、
ガラパゴス諸島と言う名前が、使われるようになったという、経緯が有りました。
コロン諸島と言う名前にも、
運命的なものが有るように感じるのですが!
⑦ゾウガメの運命と?存在する動物たち、とは?
ガラパゴス諸島を代表する、ゾウガメさんの事。
島ごとにそれぞれ特徴を持った、ゾウガメさん達が生活をしている様なんです。
亜種として区別されるのですが、
何と、15種類もの亜種が、存在していったようなのですが、
その内の4亜種は、すでに絶滅してしまって入ると、考えられている様なんです。
この島に於いて、ゾウガメさん達の警戒心が、低いと言う事が、
災いと成って、乱獲され、食料などにされる時期が、
有ったと言う事なのです。
残念な事なのですが!
そう言ったわけ等が有って、
ゾウガメさんの数は激減していまい、
絶滅の亜種も出てしまったと言う事です。
ガラパゴス諸島に、育っている植物なども、いろいろ有るようですが、
ガラパゴス固有の、植物は少ないのだそうです。
生活している動物さん達は、
主に爬虫類が多く存在している様です。
一番といえば、ゾウガメさんです。
イグアナそして、ヤモリに、蛇など、
大きい動物、小さい動物たちの、全てが固有種なんだそうです。
両生類のカエルなどの動物は、生存は有りません。
哺乳類に至っても、
蝙蝠と、ネズミさんが1種類づつ、確認されているだけです。
中でもきわだって、進化の凄いのが、
ウミイグアナさんの存在が、
今ではガラパゴスの象徴とまで言われる迄に成っています。
更に、過去の化石などではなく、
生物の変化を実際に見る事が出来る、唯一の島が、
ガラパゴス諸島であり、
生物の進化の、実験室。
とまで、言わせる場所に成っています。
2001年には、陸地のみであった、世界遺産登録が、
海にも広がり、ガラパゴス諸島全域が、
世界遺産と成っています。
しかしながら、
観光客も移住民も増える中、この自然を守っていけるのでしょうか?
保護活動を推進している皆さんに期待が寄せられます!
⑦→①ゾウガメの運命?
1900年代に成ってくると、捕鯨船の活動は減ってきましたが、
それと入れ替えのように、入植者が増えていきました。
勿論、土地を開墾し、家畜を飼い、野菜など育てていったのですが、
主要な食料は、ゾウガメさん達であったようです。
ガラパゴスの動物たちは、警戒心がとても薄いことが災いをして、
捕獲され放題で、食料とされていたようです。
動物たちは、捕獲され放題に成っていたので、
当然絶滅の危機に、陥ってしまいます。
20世紀に入って、1928年アメリカの、
ゾウガメさん達の絶滅を防ごうと、
動き出しました。
そこで行われたのが、自然保護学者の皆さんが、
絶滅の危機を救おうと、島に、訪れてきました。
そして、
ガラパゴス諸島で、保護活動をするのではなく、
108匹のゾウガメさん達を、船に乗せて、
別の土地での繁殖をさせ保存をしようとしました。
フロリダやテキサスへ連れて行きました。
繁殖が期待されましたが、結果は、
本当に残念な事に、全滅してしまいました。
その後、1934年に、
エクアドル政府は、ガラパゴス諸島の、
14の島を、動物の保護区域に指定しました。
この時は、動物たちだけの保護であったため、
入植者の減少はなく、増えていきました。それに伴い、
農地は作られていき、家畜も増え続けました。
その一方で、生物学者さん達は、ガラパゴス諸島の、
他の地では見られない、自然の宝庫のようなこの諸島を、
保護しようと、動き出していました。
ユネスコから、勧告を受けて、
エクアドル政府は、1959年に、
ガラパゴス諸島を、国立公園に指定をしました。
そして、生物だけでなく、それを取り巻く環境全ての保護を、行う事に取り決められました。
⑦→②ダーウィンさんの、功績!
チャールズダーウィンさんの、『種の起源』出版されてから、
ちょうど100年目と成る、
1959年チャールズダーウィン財団が設立されました。
そして、1964年1月21日、記念すべき、
チャールズ・ダーウィン研究所が、発足されました。
研究所の目的として、
①生物の分布の調査
②絶滅危機に有る、生物の保護及び生物の増殖
➂移入動物の撲滅
④ガラパゴス諸島、島民の、教育
⑤調査結果を、国内外に配信をする事
環境保護に於いて、島民の調査及び教育は、環境保護に対する、
欠かす事が出来ない、活動であったようです。
チャールズ・ダーウィン研究所の活動は、
環境保護活動に対してとても大きな貢献をしました。
環境保護活動に於いて勝利をもたらしたと言っても、過言では無いでしょう!
2001年には、島だけではなく、海も追加と成りました。
これで、本当の意味での、ガラパゴス諸島全域が、世界遺産と成りました。
ガラパゴス諸島の、調査及び研究は続けられています。
ガラパゴスに住む動物たちは、相変わらず警戒心が薄く、
この地に訪れた、殆どの人たちが、一緒に過ごす事が、出来て、とても可愛らしいと、
とても喜んでいる様です。
エクアドル政府による規制なども厳しくありますが、
これからもより良き友として、共存共栄していく事が出来る事を祈ります。
皆が、このガラパゴスの特異な自然を、
守って行こうと、今も頑張っています。
➇ガラパゴスに因んだちょっとしたお話
携帯電話、最近はスマートフォン、アンドロイド携帯、
色々ありますよね!
その中で、ガラケーと呼ばれている、携帯電話、有るのご存じでしょうか?
このガラケーと、呼ばれる携帯電話、実は、
ガラパゴス携帯電話、もしくは、ガラパゴス化した、携帯電話の略語だったのですよ!
スマートフォンが現れる前に有った、
携帯電話の事を、ガラケー携帯とかいう風に呼ばれるようになったのですが、
日本の携帯電話の文化は、
世界標準に沿うことなく、独自の進化をとげてきたのです。
着うたそして、ゲーム、おサイフケータイ、などが、
例として挙げられるものです。
良いことか悪いことかは良く解りませんが、
日本独自の方法で携帯電話は、広められてきたのです。
世界標準と、通信規格が違っています。
日本独自の携帯技術や、機能が広められてきました。
海外の携帯電話産業が,台頭、することもなかったのですね。
この状態の様子を、ガラパゴス諸島、になぞらえて、ガラケーと呼ばれるようになったと言う事です。
ガラケーという言葉を聞くと、
古臭い、時代遅れ、進化がない、というイメージを持たれがちなのですが、
そうではなく、
ガラパゴス諸島のように、外からの力が及びにくい、
閉ざされた、中で、独自の進化をしてきました。
この独自の進化こそが、
ガラケーと、呼ばれるわけと言う事でした。
まとめ
ガラパゴス諸島は、海底の火山によって、隆起してできた、島の集まりでした。
赤道直下に存在して、さらに、何もいなかったであろう島々に、
流されてきたであろう生物が、固有種として生存するように成って行きました。
ウミイグアナさん、ゾウガメさん、など爬虫類の生存、哺乳類は、
蝙蝠とネズミの1種のみの生存でした。大型の哺乳類がいなかったことで、
卵などを、襲われることが無かった事、爬虫類が育っていったようです。
色々な条件下の中、絶滅の種もいるようで、心配されています。
2001年以降、ガラパゴス諸島全域が、世界遺産に成っています。
保護活動も行われているのですが、懸念される出来事は多いようです。
一度は訪れてみたい自然の島、ガラパゴス諸島を、見守って行きましょう!