【第4回】
【SOSのサイン】なぜ同じ場所を往復するの?「常同行動」から学ぶ飼育下の心理

同じ場所を往復するシロクマ君のステップ。その無邪気に見える行動の裏にある、心のサインとは?
🔶:プールサイドを歩き続けるシロクマ君の不思議
水族館や動物園の、
ホッキョクグマたちのエリアを訪れたとき、
こんな光景を見たことはありませんか?
大きな体を揺らしながら、
プールの縁を右へ左へと何度も、
往復して歩き続ける姿。
あるいは、
壁の決まった角の前に立ち、
首を大きく左右に振り続ける姿。
「あ、シロクマ君が楽しそうにダンスをしている!」
「元気にたくさん歩いて運動しているんだね」。
観客席からは、
そんな無邪気な声が聞こえてくることもあります。
しかし、
そのお決まりの動きをじっと観察していると、
あることに気づかされます。
彼らの足取りはどこか機械的で、
まるで時計の振り子のように正確に、
同じルートをなぞり続けているのです。
実はあの行動は、
ただ遊んだり運動したりしているわけではありません。
彼らの心の内側から発せられている、
静かで切実な「SOSのサイン」かもしれないのです。
今回は、
限られた人工空間のなかで暮らす、
シロクマ君たちの心理と、
彼らのストレスを和らげるために、
水族館が闘っている最前線の工夫について、
どこよりもフラットに紐解いていきましょう。
第1章:脳が発する心のSOS。「常同行動(ペーシング)」が起きる原因
動物行動学や精神医学の世界では、
この「同じ行動を目的なく繰り返すこと」を、
「常同行動(じょうどうこうどう)」、
または「ペーシング」と呼びます。

【常同行動の足跡】毎日同じ場所を歩き続けるペーシングは、行き場を失った旅の本能が引き起こすサインです。
なぜ、
水族館のホッキョクグマに、
この行動が多く見られるのでしょうか。?
その最大の理由は、
彼らが野生の時代から、
受け継いできた「移動の本能」にあります。
1️⃣:1日数十キロを移動する「旅人」の血
第2回記事でもご紹介した通り、
野生のホッキョクグマは果てしない氷原を。
自由に駆け巡る暮らしを送っています。
1日に数十キロメートル、
年間では数千平方キロメートルという、
日本の都道府県が丸ごと入ってしまうほどの、
広大なエリアが彼らの縄張りです。
彼らは常に「新しい場所へ行き、
新しい匂いを嗅ぎ、獲物を探索する」という、
本能に突き動かされて生きています。
2️⃣:本能と環境の「ギャップ」が引き起こすこと
それに比べ、
どれほど近代的な水族館の素晴らしいプールであっても、
人工の壁に囲まれた空間の広さは野生の万分の一にも満ちません。
「歩きたい、冒険したい、新しい匂いを探索したい!」
そんなシロクマ君の強烈な探索本能が、
コンクリートの壁によって、
遮られてしまったとき、
彼らの心には行き場のないエネルギーが溜まっていきます。
退屈や不満、
そして「何もすることがない」という、
強いストレスが限界に達したとき、
彼らの脳は自らを守るためのスイッチを入れます。
あえて同じ行動をマシーンのように繰り返すことで、
脳内を一種のトランス状態(麻痺した状態)にし、
ストレスの苦痛を和らげようとするのです。
これこそが、
往復歩きという「常同行動」の正体なのですね。
- ※ホッキョクグマの繁殖サイクルや
- 未熟な状態で生まれる赤ちゃんの
- 基本スペックは、[ナショナルジオグラフィックの動物図鑑]
- ナショナルジオグラフィック日本版 動物図鑑
第2章:昔の白熊は緑色だった!?「みどりくま」が物語るプール飼育の難しさ
人工の環境でホッキョクグマを育てる難しさは、
彼らの心だけでなく、
その「美しい体」にも現れることがあります。
その代表的なエピソードが、
一昔前の水族館でよく話題になった「みどりくま現象」です。
1️⃣:毛の中に「藻」が入り込むハプニング
1970年代から80年代にかけて、
日本中の一部の水族館や動物園で、
「白熊なのに、体がうっすらと緑色に変色している個体」が、
数多く目撃され、ニュースになりました。
「病気にかかってしまったの?」と、
心配されましたが、原因は全く別のものでした。
第1回記事でお話しした、
ホッキョクグマの、
「透明で中が空洞(ストロー状)になっている毛」を、
思い出してみてください。
日本の夏は、
気温が高く日差しが強いため、
プールの水に「藻(藻類)」が発生しやすくなります。
シロクマ君がプールで泳いでいるうちに、
なんとストロー状の毛の空洞の中に、
細かな藻がすっぽりと入り込んで、
その中で繁殖してしまったのです!
毛の内部に入り込んでいるため、
シャンプーで表面をいくら洗っても緑色は落ちません。
秋になり、
毛が生え変わる(換毛期を迎える)までは、
緑色のセーターを着たような、
姿のまま過ごすことになったのですね。
2️⃣:水質ろ過テクノロジーの進化
「みどりくま」は、
彼らが極寒の北極とは全く異なる、
日本の高温多湿な環境で暮らしていることを象徴する出来事でした。
しかし現代では、
この光景を見ることはほとんどありません。
水族館の水質管理技術(ろ過システム)が劇的に進化したからです。
強力なフィルターで藻の原因となる、
有機物を徹底的に除去し、
水温を常に低く保つことで、
藻の繁殖を完全に防ぐテクノロジーが導入されました。
現代のシロクマ君たちが、
夏でも雪のように真っ白で美しい、
毛並みをキープできている裏側には、
水族館のたゆまぬ技術の進歩があるのですね。
第3章:退屈な日々に刺激を!水族館が進める「環境エンリッチメント」の最前線
「狭いプールによる退屈や常同行動を、
ただ仕方のないこととして諦めるのか?」
現代の水族館のスタッフたちは、
決してそんなことはしていません。
彼らの心のストレスを少しでも減らし、
野生に近い生き生きとした暮らしを届けるために、
驚くべきアイデアを次々と実行しています。

【知的な理科のゲーム】氷漬けのおやつを与える工夫など、退屈な毎日に刺激を与えるための「環境エンリッチメント」が彼らの心を救います。
この動物たちの生活環境を豊かにする試みを、
飼育の世界では「環境エンリッチメント」と呼びます。
1️⃣:「おもちゃ」による物理的な刺激
最も身近な工夫が、
プールに投げ込まれるたくさんのおもちゃです。
大きなポリタンク、
頑丈なプラスチックのチューブ、
特製の浮き球。
これらは単なる遊び道具ではなく、
彼らの「知性を刺激するための道具」です。
おもちゃを水中に沈めて浮力で遊んだり、
噛み砕こうと工夫したりすることで、
彼らは「自分で考えて行動する時間」を手に入れます。
2️⃣:「採餌(さいじ)の工夫」による知的なゲーム
野生のホッキョクグマは、
1日のほとんどの時間を、
「エサを探すこと(ハンティング)」に費やしています。
水族館では、
決まった時間に食器でお肉をポンと与えてしまうと、
一瞬で食事が終わり、
残りの時間がすべて退屈になってしまいます。
そこで、
最先端の水族館では以下のような、
「知的な食事ゲーム」を取り入れています。
💙:氷漬けの生魚:
巨大な氷のブロックの中に、
大好物のサケなどを閉じ込め、
プールに浮かべます。
シロクマ君は、どうやって氷を叩き割り、
中の魚を取り出すか、何時間も知恵を絞って格闘します。
💖:お宝探しゲーム:
広い展示場の岩の隙間や、
高い木の枝の上など、
毎日違う場所にお肉やリンゴを隠します。
シロクマ君は鼻をヒクヒクさせながら、
野生のハンターのように、
エサを探索するスリリングな、
時間を楽しむことができるのです。
これらの工夫によって、
同じ場所を往復する時間がグッと減り、
生き生きとした表情を取り戻す、
個体が増えてきている、と言う事なのです。
- ※巨大なプールへの飛び込みや、
- 巨大な氷のプレゼントなど、
- 日本でいち早く画期的な行動展示を取り入れた
- [旭川市旭山動物園のホッキョクグマ飼育レポート]
- 旭川叢書
「きたの動物園-旭山のすてきな仲間たち-」から - 旭川市旭山動物園 ホッキョクグマ館の施設・行動展示紹介ページ
第4章:結び:幸せの基準はどこにある?プールの中から人間を見つめる「親善大使」の瞳
水族館という人工の壁のなかで、
生きるホッキョクグマの暮らしには、
確かに常同行動のような「影」の部分が存在します。
しかし同時に、そこには確かな「光」も存在します。
毎日、
栄養バランスが完璧に計算された食事が約束され、
天敵に襲われる恐怖も、凍え死ぬ心配もありません。
怪我をすれば優しい獣医さんがすぐに治療してくれ、
ハズバンダリートレーニングによって、
ストレスなく健康を守ってもらえます。
野生の過酷なサバイバルを生きる王者が幸せなのか。
それとも、
人間の愛に包まれ、
安全なプールで長生きする天使が幸せなのか。
その答えを、人間が簡単に決めることはできません。
ただ一つ言えるのは、
プールの中からガラス越しに、
私たちをじっと見つめてくる、
シロクマ君のつぶらな瞳は、
私たちに大切なことを問いかけているということです。
彼らは単に見世物としてそこにいるのではありません。
北極の氷が地球温暖化で消えかけている現実、
そして生命の尊さを、
身をもって私たちに伝えてくれる「地球の親善大使」なのです。
私たちが彼らの「SOSのサイン」に気づき、
環境を良くするために何ができるかを考えること。
それこそが、
人工の壁のなかで暮らしてくれる彼らに対して、
人間が果たすべき最高のリスペクト(敬意)の、
形なのではないでしょうか。!
- 【AI生成画像について】
※本記事のアイキャッチ画像は,Geminiに搭載されている
画像生成機能(Imagen)を使用したAI生成画像
(Image generated by AI)です。イメージ画像のため、
実際の個体や現地の状況とは異なる場合があります。









































